日本について何を知っているか聞くと、やはりアニメが多いです。
過去には「おしん」とか流行っていたこともあったようですが、今ではメディア的なところでアニメ以外ではなかなかききません。
ドラマでは韓国が人気あるようです。
それに伴ってファッションも韓国風とか髪型も韓国風とか人気があるようです。
そんな話を聞くとなんとなく寂しい気がするのは私だけでしょうか。
英語を学ぶ人の中には、原文で英語を理解できるようになりたいとか、英語の映画を字幕なしで見てみたいと思う人も多いでしょう。
しかし、日本語に同じものを求める人は少ないような気がします。
海外で日本語を学ぶ人は、日系企業で働きたいという生活にからんだ目的ではじめることが多いでしょう。
日本人が外国語を学ぶ目的はよりよい給料を求めてという理由ももちろんあるとおもいますが、それ以外の部分を目的にする場合も多いと思います。英語以外、必ずしも生活の為以外の言語、フランス語やイタリア語を勉強する人もたくさんいます。日本がそれだけ成熟した社会だといえるかもしれません。
将来、生活に直結しない理由で外国語を学ぶ海外の人が増えてきた時、日本語がよく選ばれるようにするには、もっと日本の文化を海外に伝える戦略が必要な気がします。
日本文化にもっと馴染んでもらうために、海外でも日本映画やドラマをもっとがんがん放送させるような国家戦略も必要かもしれません。
日本のアニメを世界に発信することを目的にした施設は、新しい政権でなくなりそうですが、どうせODAとかどっかで使わされるなら、海外に似たようもの作れば良い気もします。そのほうがコストパフォーマンスも高い気がします。漫画喫茶とかの民業圧迫なんてたたかれることもなさそうですし。
ダムや道を作っても実際に使ている人は誰も日本の援助だと気づかない。それはそれで日本の奥ゆかしさでよいとは思いますが、援助された国はその分日本はすばらしい国だと国民に啓蒙していくのが道義だと思います。そういうことを出来ない(たぶん知らない国)なら、政治家が交換条件で国営テレビに鉄腕アトム放送する権利を要求しても良いと思います。それなら相手国の負担も殆どなしですむし。
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逆に、主張できるような国際貢献ができていない。これは海外の他国が出来ているか、それでいいのか、ということとは別の課題としてあると思います。
ジョセフ・ナイのソフト・パワー論ですね。ITなんて、その際たるものではないかと。
主張できるような国際貢献が必ずしもできていないという論点より、こちらから主張しなければ第三者に伝わらないというのが、私からすればいただけない気がします。
私なら、何かをしてもらったら、あの人にはこんなことしてもらってお世話になってますと、第三者に発言することで相手の評価を間接的に上げることがあります。直接私はこんなことやってやってるんだぜと自分で主張するより効果あるからです。
どんな小さな事でも世話になっている側からの礼と感謝と本心を最大限に表現したいからです。
本人の居ないところで褒めちぎり、少年好きなど特異な傾向がありますねと皆の前で指摘することによって、あぁ、あんな偉い人でも人間なんだととっつきにくさを排除させようという私なりの優しさ(笑)も怠ってません。
日本文化もっとがんばらなかんですよね。
ちょっと考えてみましたが、ODAでやってやってるのに感謝の気持ちが伝わらないと思ってましたけど、日本も発展途上国にお礼いってないなぁと思ってしまいました。
輸入に頼る日本は彼らのおかげでご飯食べられるんだしね。