2009年11月13日

Water Fountain

最近旅行関係の翻訳のお仕事を頂いて、ホテルなどの紹介文を英語に翻訳しています。

そこで、噴水という単語が出てききました。

「英語」、「噴水」、「ホテル」となると必ず思い出す出来事があります。

私がアメリカにいた頃、旅行会社にお世話になっていることがあって、ホテルのツアーデスクでお客さんに情報を提供したりすることがありました。

ホテルのツアーデスクなので、日本人ばかりでなく現地のアメリカ人もよく訪れたりしました。

その中で若い女の子がやってきて、

○×÷△ ○×△■ water fountain?

water fountainという単語だけが聞き取れました。

その町には有名な噴水のショウをやっているホテルがあったので、おそらく「噴水は何処にあるのか?」と聞いているのだろうと思い、

それならべラジオホテルの前にあるよ。
とても迫力あって,音楽にあわせて高さ50mくらいの勢いで水がダンスをしているかのように噴きでるんです。
<中略>
You can enjoy the fountain every 30 minutes.
Have good one!

とかなんとか言って

最後はアメリカ人お決まりのフレーズと、100万ドルの笑顔でキメタつもりでした。

しかし、その女の子はテレビで出てくるような困惑顔で後ずさっていきました。

何がおかしな事をいったかぁ?

と考えていると、隣にいた同じくツアーデスクにいたおばちゃんが、喉が渇いてたんじゃない?

と遠まわしに教えてくれました。

ホテルやスーパー銭湯なんかによくある、水がちょろちょろ出てくる水飲み機(?)を探していたようだったのです。

あれもwater fountainと言うのだそうでした。

それを高さ50mにもなる勢いの水を飲めとニコニコしながら説明したもんだから、静かに去っていったんだと合点しました。

もし、そんな高さ数十メートルまでいくような水を飲もうとしたら、体ごと飛んでいってしまうでしょうね。

「water fountain」

私にとっては侮れない英単語となりました。





posted by マンツーマン英会話エイミーズ at 21:09| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカでの思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月16日

相手をみくびってはいけません

最近中国語勉強しています。
ふと思い出したこと。

アメリカを離れるとき乗っていた車を処分することがありました。
そのとき大学の掲示板に張り紙をして、

"HONDA Accord1995 O.B.O. $2000"

O.B.O.はOffer by Ownerという意味だったかな。
売主の希望価格を表示する時によく前につけます。

そんな張り紙である中国人の二人連れから車を見せて欲しいという問い合わせがありました。

二人にあって実際に試乗させていると、2人が中国語で何やら話しています。こちらは早く売りたかったので、仲良くなろうといろいろ英語でご機嫌とったりしていました。

相手が自分の国に興味があることを知ると軽く親近感がわくものなので、実際はxiexie(ありがとう)wo ai ni(あなたのことを愛しています)位しか知らないくせに、少し中国語を話せるんだよと言ってみようと思いつきました。(ぜんぜん大したことないのにガンガンアピールできてしまう厚かましさは、アメリカで生きる術だったんです(笑い))

2人が中国語で何やら話しているところに、英語で

「私中国語を少し話せすよ!」

というと2人の顔が急にロブスターのように真っ赤になりました。

2人の会話はさっぱりわからなかったのですが、とにかく絶妙のタイミングでその言葉を発したようでした。

その後、沈黙が続いたまま試乗を終えると2人はいそいそと帰って行きました。

日本にいる外国人も私達が英語がわからないと思って、えげつないことを公然と言っている場合もあります。英語がわからないと思って、すぐ隣の人のことをからかっていたりすると、首絞めてやりたくなります。

外国人の前で日本語がわからないと思って、下手なことを言うと意外にわかっていたりする場合がありますよ。

2人の中国人の会話いまだに気になります。


マンツーマン英会話 名古屋 エイミーズ
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2006年05月19日

1人で盛り上がった身近な技術革新

 最近英会話カフェのサイトをリニューアルして、Gマップというものを導入した。
前前からGoogleのサテライトで自分の家や、エイミーズの衛生写真を見ては、すごいなぁと思っていた。
 自分のサイトに導入したのでもと深くいろいろ遊んでいるうちに、そうだ、ラスベガスに住んでいたアパートってまだあるかなぁと思いたった。

http://cafe.esllab.jp/modules/mygmap/?cat=3

バルーンを選択してどんどん拡大していくと自分が住んでいたところが表示される。

おぉっ!

まだ、あのボロアパート健在ではないか!

下に住んでいた猫好きな老夫婦はまだ住んでいるんだろうか・・・。
いつも窓の下に見えていたメキシコ人風の男の車がうるさかったなぁ。
リーシングオフィスのおばちゃんはよくかわったなぁ。
プールついていたけど、一回しか行ったことなかったなぁ。
近所のメキシコ料理屋おいしかったなぁ。
隣のバフェスタイルの中華調理はまだやってるか?

視覚的な情報ってすごいなぁと思う。平面的な地図だけでは思い浮かばないような過去の日常までサテライト地図は思い出させる。

技術の進歩ってほんとにすごい。
数年前に同じことしようとしたら莫大な費用がかかるか、不可能だっただろう。

数年後には、リアルタイムな衛生ムービーが見ることができて、場所の問合せにも
「赤い服を着て犬の散歩をしている人のいる交差点を、左にまがってください。そうすると赤と白の大型バイクが歩道に駐車してあります。その前のお店がエイミーズです。あっ!犬が道端でウンコしちゃいましたねぇ。」
なんて道案内できる時代になったりするんだろうか。

そんな時代になったら、新手のストーカーも出てきそうです。
「今日のブラウスすてきだねぇ。でも君ならもっと明るい色の方が似合うんじゃないかな。何をそんなきょろきょろしてるんだい?僕はみんな見通しだよ。へっへへ・・・。」

なんて時代ちょっと怖いです。

英会話名古屋エイミーズ
エイミーズ英会話カフェ
posted by マンツーマン英会話エイミーズ at 12:49| Comment(8) | TrackBack(0) | アメリカでの思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月21日

ダラスにて

ポンコツのフォードで高速に乗るとダラスからフォートワース方向へ向かった。
彼の家にとめてもらうとは言うものの、気がかりなことが一つ残っていた。ルーディーは結婚していて、奥さんももちろん家にいるということだった。もし、奥さんに嫌な顔をされたらどうしよう。わけのわからん中国人連れてくるんじゃないわよなんてルーディーをしかりつけたりしたらとりつく島もなくなってしまう。
「大丈夫かな、ルーディー?」
「大丈夫だよ。彼女は心がとて優しいひとだから。」
自分から図図しいお願いをしておきながら、いざとなるとおよび腰になるのはなんとも中途半端な感じがして自分が嫌になった。ここまできたらとことん世話になってやるぞ。
ポンコツフォードは住宅街にあるアパートの前で停車した。
「さぁ、ついたよ。」
私はどでかいバッグをかつぐと彼の後を追った。
「ここで彼の奥さんに取り入っとかないと、今夜は宿無しだ。」
捨て猫が拾われた時、めいいっぱいの猫なで声でうったえかける気持ちがちょっと分かった。
(人間は動物から多くを学ぶんだなぁ)
「今帰ったよ」
「お帰りなさいルーディー。」
「ノブ、妻のエイミーです。エイミー、日本からの友達のノブだよ。」
「はじめましてエイミーさん。ノブです。日本からきました。アメリカを旅してます。」
「いらっしゃい。よく来てくれました。さっきル-ディーから電話があって友達が泊まりに来ると聞いていたので楽しみにしていました。」
心配は無用だった。彼女は快く私を迎え入れてくれたのでした。
アパートも新しくもとても綺麗に整頓されていました。ポンコツのフォードから連想していた部屋とは全く異なっていました。
彼女もルーディーと同じクリスチャンで、部屋にはマリア像が飾ってありました。
この家にはニンフが住んでいる。
なんとなくそう感じました。
私は旅の話や日本の話を聞かせると、彼は小学校の話、イエスやマリア様の話を聞かせてくれました。あっという間に夜は更け、床に就く時間となりました。
ルーディーとエイミーと私は3人で手をとりサークルを作ると私達の出会いに感謝をしてアーメンと唱えました。
「僕等の出会いは神様の贈り物だよ。」
すれた人生を送ってきた私にはなんともこそばゆい言葉でした。


英会話名古屋エイミーズ
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2005年01月16日

アメリカの思い出話

アメリカに放浪の旅に出た時はいろいろな人にお世話になった。
そのなかでダラスに行った話。
私はバカパッカーだったので宿代もケチって旅をしていた。
寝袋をかついでいたが、冬だったので屋根がないととても眠れそうになかった。
アメリカにはあまりユースホステルがなかったが、それでも町についたとき情報収集のため安宿の情報を集めていた。
その中でシェルターならただで泊めてくれるよという話があった。
シェルターという施設をはじめて聞いて、アメリカにはなんて素敵なシステムがあるんだと小躍りする気分になった。
意気揚揚と教えてもらった場所へいってみた。
私はユースホステルのようなものをイメージしてた。
しかし、到着してみるとあやしい雰囲気、明らかに宿泊している人間の目つきが違う。みんないっちゃてる!
ほとんどの宿泊者は黒人か南米系の人たちだった。
こればやばいと思いながらもせっかく来たのだからと中の方へ向かった。
怪しい男達が微笑みかけてきたりしても、余計に警戒心が増していった。
中にはあからさまににらみつけてくる奴もいた。
やばいなぁ。
それでも中の様子を一目見ようと入ってみた。
出迎えたのは金属探知機だった。
テロの前の話だったし、空港でもないのに何故金属探知機が?
ココは宿泊施設じゃないのか?
答えは直ぐにでた。
前の男のナイフに金属探知機が反応したからだった。
やばい。
中にいる男達は私にあやしい微笑をなげかけてくる。
まるで、ハリウッド映画で囚人達が新参者を迎えるような目つきだった。
「俺は、ニコラスケイジじゃねぇ!」

私は踝を返してシェルターを後にした。
なんともいえない脱力感と開放感を味わった。

後にアメリカで暮らすようになってシェルターとはどういうものかを知った時、あの時の光景が分かったような気がした。
シェルターは宿のない貧困者のための施設だった。
決してバカパッカーのシェルターではなかった・・・。

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posted by マンツーマン英会話エイミーズ at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカでの思い出 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月14日

ルーディー話の続き

※話がとんでいるので前の話はカテゴリの「アメリカでの思い出」から見てください。

朝目が覚めると、キッチンからいい臭いがしていた。
エイミーがパンケーキとハンバーグのようなものとオートミール(甘いおかゆみたいな食べ物)を用意していてくれていた。
「シンプルな朝食だけど食べて。」
私はエイミーの微笑みに促されて席についた。ルーディーもシャワーから出てくるとにこやかに迎えてくれた。
「今日はサンデースクールに連れて行くよ。」
私はサンデースクールってなんだろうと思いながらうなずいた。
食事はイシイのハンバーグをやいたようなものだったけど、アメリカ人っぽくてよかった。
正直言ってオートミールは残さず食べるのに苦労した。
食事が済むと私とルーディーは例のポンコツフォードに乗ってダラス方面へ向かった。
私がルーディーと出会ったのとは別の教会のようなところに到着した。
「着いたよ。」
「ところでここで一体何をするの?」
「ここは身寄りのいない子供達の施設だよ。毎週僕達はここで恵まれない子供達と一緒にゲームをしたり、会話をしたりするんだ。」
「今日はバスケットボールとちょっとしたゲームをするから君にも参加してらうよ。」
「OK」
私達が車から降りると、子供達が駆け寄ってきた。
ルーディーは小学校の先生をやりながら、こういった施設を訪問しては子供達を元気付けていたのだった。
バスケットボールの試合をしたり、チームを作ってどのチームが1番早くテントを組み立てられるか競争したりした。
子供達の前で日本から来た友達だと自己紹介させたれた時は、自分の英語のまずさに緊張する自分が恥ずかしかった。
そうこうするうちにあっという間に時間が過ぎていき夜になった。
せっかく子供達とも仲良くなったのにお別れ。
いつか、また遊びに来るねというと皆私に握手を求めて別れを惜しんでくれた。
車に乗るとルーディーが言った。
「僕の家族はメキシコから移住してきた。いろいろ大変なこともあったけど、神様と家族の支えでいつも幸せだったし、今では最高の奥さんもいる。ほんとに幸せなんだ。でも、彼等はいろんな理由で家族とはなればなれになってしまった。だから、僕達が彼等の家族になってあげなければいけないんだよ。神様のもとではみんな家族なんだから。」
どこかで聞いたことがあるような言葉だったけど、彼が心から思って話しているのを聞くのとなんだかジーンときた。
彼等との出会いは貧乏旅行者の宿無しがちょっと泊めてもらうにはもったいなさ過ぎる出会いだった。
私は翌日にはダラスを離れ飛行機でラスベガスへ行くことになっていた。

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2004年11月11日

シェルター話の続き

昔の思い出話の復活の声が高いので復活します。
前にアメリカでシェルターのこと書きました。(10月15日の記事)その話のつづきです。
私は囚人達の微笑みから逃れると、屋根を求めて町をさまよいだしました。すると教会を見つけました。ここならきっと庇を貸してくれるだろうと門をたたきました。中では若い牧師さんがにこやかに迎えてくれました。
これならいけるかも。
「一晩泊めてください。」
と単刀直入に申し出た。すると急に顔色が変わって困惑してしまいました。
「屋根だけあればよいのです。寝袋ありますから。」
今考えればなんとも図々しい申し出だった。
「シェルターへいったらどうですか?」
「シェルターは行ってきましたがとても恐ろしくて泊まれそうにありません。ここをかしてくれまんか?一泊だけでいいのです。」
牧師さんは頭を抱えてしまいました。
すると奥からメキシコ人系アメリカ人がやってきました。
私と牧師さんのやり取りを見て
「うちに来なよ。たいした家じゃないけど寝るところ位大丈夫だよ」
と嬉しい言葉。即決でお世話になることにした。
彼の名前はルチアーノゴンザレス。マフィア映画好きの方ならチャーリールチアーノの名前くらい聞いたことはあると思います。スペイン系のアメリカ人で小学校の先生をしているが、その日はたまたま教会にきていた。
彼は敬謙なキリスト教徒で困った人をみたら黙ってみていられない性分だった。
牧師さんもやっかい事が片付いたと嬉しそうに微笑んでいた。
自己紹介や何やらで、教会で働く人々を紹介してくれてピザもご馳走になった。
食事が終わると
「さぁ、はじめようか」
牧師さんの言葉で皆広間へ向かった。
私も参加して手をつないでサークルを作ると、牧師さんが何かラテン語(多分)でもぐもぐ言っている。
これがミサというものか!
私はなんとも神聖な気持ちになって、皆にあわせてアーメンといったりした。
ジーザースクラーイスト、ジーザースクラーイスト
なんて簡単なフレーズの歌まで皆と一緒に歌った。
神聖な気持ちってこういう感覚なんだなぁと恐れ入ってしまった。

ミサが終わるとルーシー(ルチアーノゴンザレス)が
「じゃぁ、行こう」
と彼の車に乗り込んだ。
車はフォードのかなりのポンコツトラックで窓も開かない代物だった。

つづく

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2004年10月20日

ガンシューティング

 今日は台風だけどテレビ愛知ばりに我関せずでラスベガスでの思い出話。
私がラスベガスにいた時、仕事で仲良くなったインディアンのブライアンとよく射撃にいってました。
 彼はアリゾナで警察官をやっていたし、海軍にもいた経験がある男でした。
彼は私が射撃に興味があることとを知ると、会うたびに警察や軍で学んだ資料を持ってきてくれました。射撃場に行く前にしっかり勉強してから行こうということだったのです。
たまに彼の家に遊びに行くと、彼が持ってるベレッタを分解したり、組み立てたりしたり、基本的な姿勢を教えてくれたりしました。
 そして、念願の射撃場へ行く時が訪れました。私達はウォルマートで中古の弾丸を購入すると(射撃場で買うより安いので)颯爽と射撃場に入りました。私はレンタルでワルサーP38(ルパン好きの世代なので)を借りました。銃を持つときの感覚って独特なものがありますね。やはり怖い感じ。
 彼曰く最初のうちは、弾丸が発射される瞬間に爆音で本能的に目をつむってしまい的をはずしてしまうそうです。それが直らない限り銃の腕は決して上がらないそうですが、私の場合はその癖がないらしく結構狙ったところに命中しました。その話を聞いた後、映画の役柄ではむちゃくちゃやるジョー・ペシの連射シーンも一発撃つたびに目をつむるのをみてなんともかわいらしく感じました。


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2004年10月16日

ラスベガスでの勘違い

旅の通過地点でラスベガスを訪れた。
はじめは安宿を探そうとしたけど、たまには贅沢しようと思い返し、カジノホテルに宿泊することにした。とはいうものの精一杯がんばってもサーカスサーカスが私にとってはいっぱいいっぱいだった。
ホテルのチェックインを終えると、せっかく来たのだからとスロットマシンをやってみた。運良く10ドルが500ドルほどに増えた。
調子いいなと思い、ブラックジャックテーブルにいってみた。
日本でも少しやっていたので勝手は知っていたものの、本場では初めてなので緊張した。
プレイヤーがベットの際にチップとして掛け金の横にチップベットを張っていたので私も真似してみた。カードカウンティングする人はそういう掛け方を馬鹿にするけど、勝つときは皆で喜びを分け合いたいじゃないですか。
するとなぜか負け知らず,特にチップを張ったときは必ず勝った。
手持ちのお金は見る見る増えて5000ドル程になった。
プチアメリカンドリームも夢じゃないかも。
私はカジノのカラクリを見破った気がした。
カードカウンティングなんて面倒なことをしなくても、凄腕のディーラー達を買収すればいいんだと。
私は換金するとダウンタウンのカジノへ向かった。
そこで大きく出ることにした。(大きくとは言っても1ベット200〜500ドル程度)
ブラックジャックのテーブルにつくと心臓をバクつかせて、黒い100ドルチップを2枚重ねた。その横にはディーラー用に25ドルチップを添えた。
後ろにたたずむピットボスに気づかれないように、ディーラーが目配せしてきたような気がした。

結果は・・・。
惨敗だった。

残ったのはコンプとしてハウスが作ってくれたカードが一枚と、ATMから引き出した際のレシートの山だった。

その時は、はじめの勝ちは単なる運だったのにも関わらず、ディーラーの八百長の腕が下手なんだと真剣に考えた。

注:我々が座れるようなテーブルでは100%八百長は行われません。後にラスベガスに暮らすようになってディーラーの友達ができたけどそんなこと絶対不可能であることも良く分かりました。それまではすべてのディーラーはマジシャンのようにカードをすり替えるテクニックを持っていると思ってました(笑。
実は専門学校みたいな所に数週間通えば誰でもディーラーになれます。

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2004年10月15日

アメリカでの思い出話

アメリカに放浪の旅に出た時はいろいろな人にお世話になった。
そのなかでダラスに行った話。
私はバカパッカーだったので宿代もケチって旅をしていた。
寝袋をかついでいたが、冬だったので屋根がないととても眠れそうになかった。
アメリカにはあまりユースホステルがなかったが、それでも町についたとき情報収集のため安宿の情報を集めていた。
その中でシェルターならただで泊めてくれるよという話があった。
シェルターという施設をはじめて聞いて、アメリカにはなんて素敵なシステムがあるんだと小躍りする気分になった。
意気揚揚と教えてもらった場所へいってみた。
私はユースホステルのようなものをイメージしてた。
しかし、到着してみるとあやしい雰囲気、明らかに宿泊している人間の目つきが違う。みんないっちゃてる!
ほとんどの宿泊者は黒人か南米系の人たちだった。
こればやばいと思いながらもせっかく来たのだからと中の方へ向かった。
怪しい男達が微笑みかけてきたりしても、余計に警戒心が増していった。
中にはあからさまににらみつけてくる奴もいた。
やばいなぁ。
それでも中の様子を一目見ようと入ってみた。
出迎えたのは金属探知機だった。
テロの前の話だったし、空港でもないのに何故金属探知機が?
ココは宿泊施設じゃないのか?
答えは直ぐにでた。
前の男のナイフに金属探知機が反応したからだった。
やばい。
中にいる男達は私にあやしい微笑をなげかけてくる。
まるで、ハリウッド映画で囚人達が新参者を迎えるような目つきだった。
「俺は、ニコラスケイジじゃねぇ!」

私は踝を返してシェルターを後にした。
なんともいえない脱力感と開放感を味わった。

後にアメリカで暮らすようになってシェルターとはどういうものかを知った時、あの時の光景が分かったような気がした。
シェルターは宿のない貧困者のための施設だった。
決してバカパッカーのシェルターではなかった・・・。

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